‘神社のいろは’ カテゴリーのアーカイブ

紀元祭と建国記念

2012年2月12日 日曜日

昨日2月11日は『建国記念日』として国民の休日に定められています。

 

日本の建国は神武天皇が大和の橿原宮(かしはらのみや)で即位された辛酉(西暦紀元前660年)正月一日を紀元としています。そしてこの日は現在の新暦では2月11日にあたり『紀元節』と定められました。

この紀元節は戦後一時廃止されましたが、昭和41年に建国記念の日と名を改め制定されました。

この日神武天皇を祀る橿原神宮では例祭日となっています。各地でも建国を祝い神武天皇の偉業を偲び、日本人、日本国民としての自覚を深める意味を込めて紀元節、建国記念に関する式典が多く執り行われています。長岡市では本年、長岡市立劇場にて建国記念奉祝式典が行われています。

鏡について

2012年1月21日 土曜日

本日から大寒ですが、ここ最近は割と暖かい気がします。お陰で雪掻き作業も一段落しました

今日は鏡について書きたいと思います

丸は欠ける所が無い完全な形を意味するなどと言われておりますが、鏡は昔から祭具の中でも特別な役割を担ってきました

『日本書紀』には天照大御神が天孫降臨の際に八咫の鏡を授けられて「此の宝鏡を視まさむこと、当に吾を視るがごとくすべし」と仰せられました

これは神さまの姿はそこにはありませんが「この鏡を見る事は私(=神さま)を見るのと同じ様にしなさい」と言う事です

鏡と対面するという事はそこに映る自分の姿を見ると共に、心の内面を深く反省し清らかな心で神さまと向かい合う事だと言えます

 

鏡の語源は影見(カゲミ)とかカカメ(=蛇の目)であると言われていますが、私は言葉遊びで彼我見(=カガミ)と言っています

彼と言う字は昨今は男性を表す事が多いですが、古文では「か」と読み「あちら」などの意味があります

つまりは「あちらから私を見ている」と言う意味になります。目に見えない神さまが鏡を通して自分を見ていてくださる・・・と思うと、自然と姿勢を正して、嫌な事があっても頑張れる気がしませんか?(大)

 

 

初詣について

2011年12月16日 金曜日

今日の寒さは厳しいですね・・・一気に雪が降って来て境内が雪化粧を施したかのような白さになってまいりました。出来れば積もらないで欲しいのですが、この雪を見ていると望みも薄そうです

 

年が明けてから初めて神社に参拝する事を初詣と言います。詣でるは『貴い所へ行く』と言う意味で、神社や仏閣などにお参りする事や、貴人の元へ行く時などに使われる言葉ですが、人に会いに行くのに初詣とは中々言わないと思うので、今では多くは神社仏閣を参拝する時に使われる言葉になっています

 

近年では家族や友人と、除夜の鐘が鳴り終わると同時にお参りする、或いは除夜の鐘が鳴るのを聞きながらお参りするのが一般的だと思いますが、古くは大晦日の夜から元旦の朝にかけて一家の主人が氏神さまに籠る事が習わしでしたが、次第に除夜詣でと元旦詣での二つの形に分かれ、現在の初詣の元の形になったそうです

 

二年参りと言う言葉は、除夜詣でと元旦詣での事を示しているのかもしれません。私の住んでいた地方には二年参りと言う言葉自体がなかったので、詳しくはわかりませんが・・・。

 

初詣だからお参りする場所は一箇所だけ、と決める必要はありませんし、数か所回るからと言って順序を考える必要もありません。氏神さまから参拝するのもよし、恵方の神社から参拝するのもよし(平成24年の恵方は北北西)。自分の気持ちの良いお参りの仕方でご参拝下さい(大)

 

 

神棚の設け方

2011年12月9日 金曜日

冬らしい気温になってまいりました。みなさまいかがお過ごしでしょうか

住宅事情が変化した現代では、神棚を設ける事が困難な場合が多々あります

神棚には神さま(或は神さまの御恵)をお招きして鎮座していただく訳ですから、その下を通ったりその上を人が通る事はなるべく避ける様に、とされていますが、マンションなどでは最上階の部屋でないと難しいかと思います

神棚を設けたいけれど場所が・・・、と言う方は、見上げるような場所(棚の上など)に白い布を敷き、天井に『雲』などと書いた紙を貼って避ける方法があります

設ける場所がないから御札はいらない、と言う事ではなくて、大切な事は神さまが見て下さっている、と言う場を設ける事が大切なのだと私は思います

 

御札のまつり方の図を載せますので、どうぞご参考にして良いお年をお迎え下さい(大)

 

一社造りの場合

一番奥に崇敬する神社、真中に氏神さま、一番手前に神宮大麻と言う順番で御札をおまつりします。

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三社造りの場合

中央に神宮大麻、向かって右に氏神さま、向かって左に崇敬する神社の並べ方で御札をおまつりします。

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狛犬について

2011年3月6日 日曜日

狛犬とは獅子や犬に似た想像上の動物を模した像で、一般的に神社や寺院の入口の両脇、本殿や本堂の正面左右などに一対、向き合う形あるいは参拝者と対面する形で置かれています

狛犬は諸説ありますが仏教伝来と共に朝鮮半島を経由して日本に伝来したと考えられています。「狛犬」と言う呼び名は「高麗(こま)から伝来したから」と言う説と「魔(ま)を拒(こば)む犬=拒魔犬」と言う説があるそうですが、はっきりとした事は分かっていません

当初は右は獅子・左は狛犬と分かれ明確な区別があった様ですが、鎌倉時代後期から次第に簡略化されはじめ、昭和に入ると口の開き以外に差違があまり見られないモノが多数出て来たそうです

獅子・狛犬は向かって右側の獅子像が「阿形(あぎょう)」で口を開いており、左側の狛犬像が「吽形(うんぎょう)」で口を閉じています。阿吽と言うのは元々仏教的な色合いが強く、「阿」は口を開いて最初に出す音で始まりを表し「吽」は口を閉じて出す終わりを表す言葉とされており、転じて宇宙の始まりと終わりなどを表しているらしいです

基本的に対になって呼吸を合わせる様に共に行動している状態のモノに良く用いられます。

仁王像や沖縄のシーサーなども口を開いているモノと閉じているモノが対になっている事が多いです。

神社と言えば狛犬、と思う方もおられるかもしれませんが、前述した役割を担っている像は他にもあり、稲荷神社の狐、春日神社には鹿、弁財天には蛇など、狛犬の役割を果たす様々な像があり、これらはみな神使と呼ばれ、その神社の主祭神の眷属などの像が建立されている事が多いです

またその他に、その土地の由来や伝承などに合わせて狛犬の場所に蛙や河童などを建立する場合もあります。

当神社の狛犬。蔵王保育園の入り口向かいに建立されています

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拝殿前には、源義家公の奥州安倍氏討伐の折に当神社に参拝し流鏑馬を奉納されたという伝承を基に神馬の像が建立されています

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