月次祭のご案内・・・4/1(日) 午後2時より

2012年3月30日

境内の雪解けも進み、地面からは蕗の薹が芽吹き初め春を感じられる気温になってまいりました

4/1(日) 午後2時より月次祭を執り行います

※月次祭とは、毎月1日と15日に行う祭事です。(但し1月1日は歳旦祭、4月並びに7月の15日は大祭の為除く)ご祭神に世界平和、国家安泰、皇 室の繁 栄、氏子崇敬者の健康や安全などを祈願する祭典です。また1日や15日は神棚に供えている榊や神饌などを取り換えるのに良い日とされています

月次祭の参列に関しましては特に費用は掛かりませんので、ご都合が合う方は2時少し前に拝殿にてお待ちください

また、拝殿前に於いて本榊を頒布しております。ご都合が合わない方は榊を持ち帰り神棚にお捧げ下さい(大)

 

八坂さまについて

2012年3月25日

八坂神社の御祭神は素戔嗚尊(スサノオノミコト)と言う神さまで、八岐大蛇退治で有名な神さまです

八坂神社と言えば京都の祇園祭ですが、このお祭は平安時代、疫病退散のために御所内で祇園御霊会が行われたのが最初で、疫病・災害の原因を怨霊と考え、それを鎮める為に午頭天王をおまつりしました

午頭天王は、インドの祇園精舎の守護神と言われており、疫病封じのご利益がある事から仏教伝来とともに、素戔嗚尊と同一視されるようになりました。八坂神社の事を天王さまと呼ぶ所もあるようで、それはこの名残だと言われています

全国各地の八坂神社も、その地域で疫病が流行り、それを鎮めるためにおまつりされた例が多いようです

八坂神社には胡瓜をお供えする事が多々ありますが、これは同一視された午頭天王が悪い神さまから逃げている最中に、胡瓜畑に身を隠し難を逃れたという伝承によるモノです

その他の伝承としては、胡瓜の切り口が八坂神社の御神紋に似ているかと言う説があります(大)

 

 

天神さまについて

2012年3月24日

みなさまは横断歩道を渡る時に「とおりゃんせ」を聞いた事がありますか?

とおりゃんせの歌詞の中に「天神さまの細道じゃ」と言う歌詞があります。この歌詞の中の「天神さま」の鎮座する神社は諸説ありますが、天神さまと言えば平安時代の貴族で政治家であった、菅原道真公とされています

菅原道真公の祖父や父は現在で言う官僚育成機関で教鞭を執っていた学者の家に生まれ、自身も幼いころから勉強に励み、特に詩歌の才が優れていたので最年少で国家資格に合格し33歳で文章博士(もんじょうはかせ)と呼ばれる中国正史などの歴史学や漢文学を教える学者となります

菅原道真公が活躍していた時代は、中国の進んだ文化を取り入れて学問を盛んにし立派な国を作る事が行われており、また当時の天皇が藤原氏の専横を良しとしなかったので、藤原氏ではなく中国に関して造詣が深かったので政治の世界でも右大臣の位を戴き大変活躍しましたが、こうした活躍を良く思わない政敵によって讒言され、無実の罪によって九州の太宰府に左遷され、無念の死を遂げました

道真公の没後、都では天災が相次いで起こり、また政敵も落雷によって絶命しました

その後も天変地異が続いた為、これらすべては道真公の怨霊による祟りのせいだと恐れられる様になり、その怨霊の怒りを収める為に京都の北野に道真公を祀ったのが北野天満宮の始まりです

やがて道真公の生前の学問に対する偉大な功績から、学問の神さまとして崇敬される様になりました

道真公は梅をこよなく愛し、道真公を祀る神社の多くには梅が植えられていますが、太宰府に左遷される際に都にある梅の木を見ながら一首詠ったと言われている歌があります

「東風(こち)吹かば 匂ひをこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘るな」

意訳を記すならば、春風が吹く様な季節になったなら、世話をする主人(=菅原道真)がいなくなったとしても、春が来る度に忘れることなく、匂うほどの花を咲かせてくれ、と言う所でしょうか

こんな歌を残される位愛されていたのですから、梅の方も主人を追いたい気持ちが強くなり、やがて空を飛んで太宰府まで飛んで行き見事に主人の元に降り立ったという伝説があり、その梅は現在太宰府天満宮のご神木となっています(大)

春分の日

2012年3月20日

今日3月20日は春分の日、国民の休日に定められています。

 

秋の秋分の日と同様に昼と夜の長さが同じとなり、この日を境に徐々に昼が長くなり、いよいよ本格的な春の到来です。次第に日差しが明るくなり、心が穏やかに開放されるのを感じる季節です。

 

また この時期3月下旬から4月上旬にかけて連続した降雨を「菜種梅雨」(なたねづゆ)といいます。菜の花が咲くころに降るためにこのような名前がありますが、梅雨のように集中豪雨をみたりすることは少ないですが、曇りや雨の日が多く、すっきりしない天気が何日も続くことも多いようです。

この時期は職場や学校などで送別や転居などがあったり、年度の区切りなど環境の変化もある季節です。

 

慌ただしいながらも、季節や自然の移り変わりを肌で感じる気持ちの余裕を持ちたいものですね。(桃)

彼岸入り

2012年3月17日

彼岸、お盆と言えば仏教行事の様な気がしませんか?

仏教が日本へ伝来したのは六世紀半ばと言われていますが、この時に伝わって来た仏教とは中国や朝鮮半島など、経由してきた地域の影響を色濃く受けた物です

例えば位牌は、道教や儒教に由来する先祖供養の民間信仰と習合し、儒教の葬式祭具が変化したものと言われています

世界最古の小説とも呼ばれている『源氏物語』は平安時代中ごろの成立とされています。その中に「彼岸会」の言葉が見られる事から、かなり古くから行われてきた行事と思われますが、日本の「先祖まつり」はそれこそ『古事記』『日本書紀』の中に皇祖の御霊を祀った例が見られ、現在でも宮中では歴代天皇の霊を祀る「春季皇霊祭・秋季皇霊祭」が厳粛に行われています

つまり彼岸とは仏教渡来以前からの日本古来の祖霊信仰とも深く根付いている、と言う事になります

元々日本は祖先信仰が盛んでしたし、大陸の影響を受けた仏教は親しみやすい宗教だったのではないでしょうか?

 

お彼岸と言えば「ぼたもち」ですが、「おはぎ」との明確な区分けは皆様つきますか?

春に作られるモノを牡丹に似ているから「ぼたもち」、秋に作られるモノを萩に似ているから「おはぎ」と言う説がありますが、近年は混同して春でも「おはぎ」等として売られています

また、完全に餅の状態までに搗いたものを皆殺しと言いますが、それで作ったモノを「ぼたもち」、半分程度に搗いたもの(半殺し)を「おはぎ」と言う説もあります