夏越大祓のご案内 6/30(土) 午後4時より

2012年6月16日

昨日までは快晴だったのですが、今日は一転して雨模様。外に出ると少し肌寒く、梅雨らしい天気となりました

 

さて、本日は6/30(土) 午後4時より執り行われる夏越大祓のご案内を致します

 

大祓とは6月と12月の晦日(新暦では6/30と12/31)に執り行われる厄除け神事で、犯した罪や穢れを祓いよける為に茅を輪状に編んだ茅の輪や人型などを用いるのが一般的な大祓となっております

大祓の歴史は古く、701年の大宝律令によって正式な宮中行事と為されていることからそれ以前から大祓という神事の認識があり、およそ1300年から1400年の歴史がある神事だと思われます

元は宮中行事でしたので宮中でのみ行われていましたが、明治期に全国の各神社で執り行われる様になりました

茅の旺盛な生命力が穢れを祓うと言われているのは、神道に於いての穢れとは汚れではなく、『気(ケ)枯(ガ)れ』である事に由来しています

 

拝殿前にて神事へのご参列を受け付けております。人型にご住所、お名前、生年月日をご記入いただき、封筒に千円と一緒に専用の賽銭箱にお納めいただくか、社務所の方までお持ち下さい(大)

 

中島 神明神社例祭

2012年6月10日

6月9日、10日と長岡市中島に鎮座する神明神社の例祭が行われました。

両日ともに生憎の雨天に見舞われたのが大変残念でしたが、9日の稚児舞(神楽舞)、10日の例祭祭典、カラオケ奉納等が催されておりました。

例祭の神事の後に直会が行われ、大変賑やかな直会となり神社を護る氏子役員の皆様方の熱意を感じました。 午後からは雨も上がり、諸行事が恙無く斎行されたのではないかと思います。(桃)

月次祭のご案内 6/15(金) 午後2時より

2012年6月10日

昨日、新潟地方気象台は新潟県を含む北陸地方が梅雨入りしたと見られる、という発表がありました

見られる、という事なのでまだ確定ではないのでしょうが、昨日今日と空模様を見ていると梅雨入りしたと言っても過言ではないかもしれません

例年より9日、昨年より3日早いそうです

 

6/15(金) 午後2時より月次祭を執り行います

※月次祭とは、毎月1日と15日に行う祭事です。(但し1月1日は歳旦祭、4月並びに7月の15日は大祭の為除く)ご祭神に世界平和、国家安泰、皇 室の繁 栄、氏子崇敬者の健康や安全などを祈願する祭典です。また1日や15日は神棚に供えている榊や神饌などを取り換えるのに良い日とされています

月次祭の参列に関しましては特に費用は掛かりませんので、ご都合が合う方は2時少し前に拝殿にてお待ちください

拝殿前に於いて本榊を頒布しております。ご都合が合わない方は榊を持ち帰り神棚にお捧げ下さい

 

また、拝殿前に於いて6/30(土)に執り行う大祓式のご参列を承っておりますので、ご参照下さいますよう宜しくご案内申し上げます(大)

大祓『茅の輪』

 

 

 

結婚式

2012年6月2日

晴天の中、当社では結婚式が執り行われました

写真は誓詞奏上と言う儀式の一幕なのですが、誓詞奏上とは、当社に奉られている神さまを始め様々な神さまに今後を御誓いする、と言う事で教会などで行う誓いの言葉、と言った所でしょうか

今回の結婚式はカメラが三台入りましたので、様々な表情が記録として残った事と思います

職員一同、本日参列された皆様方の益々のご多幸を祈念申し上げます(大)

 

 

千手 八幡神社春季大祭

2012年5月28日

昨日今日と千手にある八幡神社の春季大祭に奉仕してきました

今日は午前中大荒れの天気でしたが、昨日は一日を通して快晴だった為、氏子の各家庭を回る各戸祓は汗を掻きながらの奉仕となりました

左の写真は祭礼の様子、右の写真は境内の様子です

朝の10時位だった為に参拝者の姿はまばらでしたが、直会が終わり一度本務社に戻る時には子どもの声が賑やかでした

夜は宵宮神事や奉納神事が執り行われました

27日、28日と祭礼が執行されるのですが、27日は合祀された八幡神社のお祭り、28日は旧社である諏訪社のお祭りだそうです

 

千手 八幡神社由緒

旧社格は村社、旧称諏訪社。元禄年間(一六八八~一七〇四)創立、当地区の産土神である。慶応四年(一八六八)五月、戊辰之役に際し兵火に罹り焼失。明治四十五年一月、八幡宮を合併し社号を八幡神社と改める。

合祀された八幡宮は、創立年月不詳。初め三州牛久保に鎮座し、藩主牧野家崇敬の神社で、元和元年(一六一五)に牧野家は上州大胡より長岡に移封され、暫く城内に鎮座の後、寛永六年(一六二九)に当地へ社殿を造営し移転した。なお八幡宮は、明治六年に第十六大区小三区の村社に列し、昭和二十六年八月一日、長岡大空襲により牧野氏造営の舞殿を始め社殿悉く焼失し、同二十三年に再建した。