‘神社の歴史や由緒’ カテゴリーのアーカイブ

春祭り(高見町・結社)

2011年5月17日 火曜日

5月に入ると、長岡地域では春祭りが多い時期になります。

去る15日もも長岡市内高見町の結社と諏訪神社に祭礼を奉仕してきました。

一日で上高見の諏訪神社と、下高見の結社の祭礼を行いました。

写真等撮る余裕がありませんで、申し訳ありません。14日は大変な強風の天候だったんですが、15日は穏やかな五月晴れ。

子どもたちの神輿の声が境内をこだましていました。(この地域は大変子どもたちが多い地域です)

本年度は先に結社より神事を行いました。下高見 結社の由緒を ご紹介いたします。↓

ご祭神 結社・・・・・・高見産霊命(たかみむすひのみこと)

諏訪社・・・・建御名方命(たけみなかたのみこと)

由 緒 創立年代不詳、下高見町の産土神である。高見の庄はこの地方における最古の土地と言い伝える。社伝によれば、出雲系氏族の粉川氏・伊丹氏は当地に移住し荒野を開き、社殿を建立し天神高見産霊命を奉祀した事に始まるという。村名は神名に因んで高見村とし、神名の産霊(ムスヒ)を取りて「結(ムスヒ)」と社名と定めた。一族の長は城濠を築き、毎年の祭儀も全て怠りなく祭政一致の施策を執り、相当の規模を有し鬱蒼とした社木が境内を塞いだという。これが為に世人は権現様、高見の権現様の森などと称されたが、明治初年の上地の際古木は伐採され、社殿は維新の際炎上し一時は仮宮となり神社の形態を具備せず、境内地は私有地払下げとなる。また戦後は農地解放となり、加えて昭和三十六年九月十六日、第二室戸台風により社殿が倒壊した。昭和五十一年高速道路の開通により同地積に所在の諏訪社に合祀された。

結社上高見諏訪神社は後日紹介します。(桃)