15日14時から例祭の神事が斎行されました。二日間にわたるお祭りの最も重要な神事です。
集会所から斎主以下祭員、参列者が拝殿へ参進し、修祓(お祓い)の後神事が厳粛に進められました。
祝詞奏上後、「朝日舞」が御神前に奉納されました。
祭典後お供えのお神酒をお召し上がりいただきました。
当社の例祭は毎年曜日に関係なく7月15日に斎行されます。平日でご多用のなか、ご参列いただきました皆様には厚く御礼申し上げます。皆様の弥栄、ご多幸をお祈り申し上げます。(吉)
いよいよ例祭の日が参りました。
14日午後2時と、15日15時半に稚児舞が奉納されるわけですが、7月12日は毎年決まって「足合わせ」という本番を想定した練習を行っています。
普段の練習会場と異なり拝殿で練習します。
6月から練習をしてきたので途中疲れが見える場面もあったのですが、よく最後までこれたなぁと感心してます。
休憩の時にはお菓子とお茶で賑やかに盛り上がるこどもたちですが、練習の時はピンと張りつめた空気に。舞を待っている子どもらも脇の机で宿題を済ませています。
毎年舞を舞う子らを集めるのには苦労するのですが、少子化と近隣の関係が希薄化しておりこの問題からは解放されなさそうですね。
それでも舞の子らは楽しかったといってくれるので勉強もおろそかにならずに続けていければと思います。
舞の先生、保護者の方々からもご尽力をいただき本当に感謝です。(桃)
7月10日は摂田屋町金毘羅神社の祭礼でした。
現在では珍しい日時を固定して祭礼を行っている神社ですが、今年はたまたま日曜日にあたりました。
長岡市内でも醸造業をはじめ歴史的な建物が残っている摂田屋地域でも特に風情を感じる地域に鎮座をしています。乃川酒造とサフラン酒の通りでサフラン酒の隣といえば近隣にお住まいの方はすぐお分かりになるでしょうか。
10数件の露店が並ぶ祭礼はこのあたりでは非常に珍しくなりました。
金毘羅神社はもともとこの地域の氏子の崇敬より県内各地の船や水運に携わる人の崇敬があったようです。
もともと金毘羅神社(金刀比羅神社含め)は四国の総本社では日和山に鎮座し、船を出すかどうか天候を予測するための山で古来より船乗りたちの信仰があった神社です。
明治期に四国の総本社より御霊分けして鎮座したと伝えられております。