金峯神社御創建1300年祭その3

神事のあと直会が行われ、午後4時より奉祝祭が行われました。

奉祝祭もそうなんですが、この祭りのテーマを「神人和楽」と名づけました。 神と人とが祭りを通じて共に享楽することによって神の力を得ることで、もともと舞や神楽、日本における音楽などは神様に捧げるものでした。それは人の神への感謝の表れであり、楽を通じた神と人とのコミュニケーションでした。そしてそれを行う場所・時が祭りであり、祭りを通じて地域の人と人の和も深めてきたのです。

このところを神職として、どうしても再確認してもらいたいと思っていました。

金峯神社-宮清まず最初に金峯神社の神楽舞「宮清」が舞われました。当社の神楽は越後中越地方に伝わる出雲流といわれる神楽のルーツであり、当社から広く各地に神楽が伝播しました。その中の「宮清」は必ず最初に舞う舞です。当社の神楽は表十二座・裏十二座の二十四の舞があったのですが、残念のことに近年は舞う人も少なくなり神楽保存会も活動が低下しています。

この日は午前中こそ曇り空だったのですが、ここで急に雨が降り出し急遽拝殿の中で会場変更しました。

金峯神社-稚児舞 金峯神社-稚児舞2

次に金峯神社の稚児舞が奉納されました。毎年氏子を中心とした小学生の女の子から例祭に舞ってもらってます。今年は1年生の女の子が4人加わり賑やかです。また笛と太鼓も高齢化して消滅寸前だったものを小学生中心に 行うことができました。2枚目は3、4年生です。今年はこの1300年祭のため特訓を積んできたので、例年になくレベルが高くなりました。

神田囃子

次に神田囃子の奉納です。金峯神社の鎮座する長岡市蔵王より1kmほど南でしょうか勝田町に伝わる囃子です。神田の祭礼では大船屋台(たいせんやたい)が町内を巡幸し賑やかな 祭りが行われています。約800年前順徳天皇が佐渡へ配流された折、当時の神田村民が京都の祇園囃子を会得し年に一度佐渡へ渡りこの囃子でお慰め申し上げたといいます。以降蔵王権現(金峯神社)の祭礼に長岡十八ヶ町より山車を奉納(現在はない)し、神田からも大船屋台が奉納されました。現在も7月第2土曜に神田少彦名神社で奉納されます。神田囃子保存会のホームページはこちらです。

その4につづく。

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