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Hello world!
2011年9月21日七五三について
2010年8月31日9月に入りました。9月は「長月」ともいいますが、これは諸説ありますが「夜長月」の略といわれています。秋に入り涼しくなるとともに夜が長くなり月が美しく見えるからでしょう。
時期がまだ早いですが、10月11月が七五三の季節ですので、今日は七五三について説明したいと思います。
七五三とは三歳・五歳・七歳と成長の節目に神社に参拝して無事成長した事を感謝し、これからの将来の幸福と長寿を祈願する子どもの人生儀礼の代表に挙げられる神事です。
医療が十分に発達していない時代、子どもの死亡率はとても高く子どもの成長や健康を願うためにお七夜や初宮詣と言った風習が生まれ、七五三もそういった風習の一つで公家や武家の年中行事が発祥となっています。
平安時代から「髪置」(3歳)、「袴着」(5歳)、「帯解」(7歳)の儀式はありましたが、時代によって男女の別も異なり年齢も決まっていませんでした。現在の三歳、五歳、七歳を祝う原型は江戸時代、徳川幕府五代将軍徳川綱吉が病弱である長男徳松の健康の為に天和元年(一六八一年)旧暦の十一月十五日に袴着の儀式を行った事によるとされています。
何故この日に行われたかと言うと旧暦の十五日は陰陽道の二十八宿の鬼宿日(鬼が出歩かない日=悪い事が起きない全てにおいて吉日となる日)とされ、また旧暦の十一月は収穫を終えて神さまに感謝をする月でもあり、その月の満月の日である十五日を氏神さまへの収穫の感謝と並んで子どもの成長にも感謝する為にこの日に執り行われたのです。
明治以降、新暦になってからは十一月十五日に決まって執り行われるようになりましたが、現在では十一月十五日にこだわらず、直近の土日祝日執り行ったり、寒冷地では一ヶ月早めて執り行ないます。
三つ子の魂百までも、と言う言葉があるように、幼い頃に出会った全ての事柄は子どもの成長に繋がります。大好きな両親や祖父母に連れられて普段は見慣れない神職や神事に関わる子どもの心は豊かに育まれるだろうと思います(大)
夏祭りに思うこと
2010年8月26日8月も終わりに近づいてきました。
今年は連日の猛暑でまだ涼しさは感じることはできませんが、一日一日秋へと近づいているんですよね。
当社は兼務社(金峯神社以外に奉務する神社)が40社と大変多く(神社本庁の包括下の神社と、そうでない神社があります)、そのうちの15社が8月にお祭りを行っています。ですので8月は暑いだけでなく、忙しい月で連日汗びっしょりで神事を行っています。
お祭りというのはもともと稲作と非常に深い関係にあって 、春の祈年祭と秋の新嘗祭がルーツです。アバウトな説明ですが、田植えと稲刈りに際しお祭りを行う、といったらわかりやすいでしょうか。
ですが様々な事情でその祭礼日も変更を余儀なくされています。お近くの氏神様の祭礼は土日にされているところが多いと思いますが、本来春や秋に行われていたお祭りも季節も関係ない時期に変更されているのが現状です。それで8月のこの時期が当社では忙しい時期になっているんですね。
祭礼日が変更される、ということに対して若干の寂しさは当然持っています。何らかの起源や理由があって始まったものですし、その時期が来ると自然と心が躍るというか生活に密着していたものを変更するのはやはり違和感はあるんですね。
しかし半面昔とは生活様式が変わって、例えば私どもの兼務社では農業を生業としている人は少なくなって、田植えと稲刈りが重要ではなくなったことや、氏子地域の皆が集まれる時期を模索すると土日で、子どもたちを集めようとすると夏休みの8月になったり、つまり将来へ伝承するために大勢の人を集めようとすると今までの祭礼日が適正な日取りでなかったり。そういった状況の中で祭礼日の変更という結論に至ったわけですので、盛大に氏子地域を挙げて一体感を持ってお祭りを行ってほしいと思います。同時に変わってしまった伝統や形式を記録を取るなど将来へ残してほしいとも思います。
古い記録や地域に生きてきた人たちの足跡があるというのは後世の人間にとって嬉しく有り難いものです。現代の人って情報化社会でスピードの速い中を生きていますので、あまりに刹那的というか過去や未来との時間軸の中で自分たちを客観視しないというか、広い視点で伝統行事を見てほしいなぁと最近思いました。(桃)
お泊まり会と納涼会
2010年8月23日8月21日夜、毎年の例祭に稚児舞を奉納してくれる子どもたちを神社に招待してお泊まり会を行いました。
今年初めて行った行事なんですが、ほとんどの方が出席・宿泊をしてくれました。
その日は神社そばの蔵王保育園の夕涼み会も行われており、まだまだ暑い日が続いていますが晩秋のひとときを楽しく過ごせました。
境内では氏子青年会の方々を中心に納涼会が行われ、バーベキューをして懇親を深めました。
途中↓の通りスイカ割りで盛り上がり、初めてスイカ割りをしたという子がほとんど。当たった時のうれしさに声を挙げて喜んでいました。境内では毎夏セミが盛んに鳴き声をあげています。木に幼虫から成虫へ変化する一瞬を見に散策したり、ふだん出来ない体験を提供できたらと思っています。
バーベキューが終わり、みんなシャワーへ。お湯が出なくなるというハプニングもありましたが、キャーキャー言いながらも楽しんでくれたようです興奮したのかなかなか眠れずに、少し夜更かしをした子どもたち。夏休みも終盤、これからきっと宿題に追われると思いますが、夏休みの思い出は大人になってからも心のどこかに残ります。良い思い出になれば嬉しいのですが。(桃)
宮内 高彦根神社例大祭
2010年8月18日曲新町 赤城神社・曲方 十二神社の祭礼
2010年8月13日だいぶ更新が遅れてしまい申し訳ありません
もう先月のことですが、7月28日に曲新町の赤城神社と曲方の十二神社の祭礼がありました。
毎年7月28日に隣接する両神社の祭礼がおこなわれます。この時期は梅雨明け後ですので今年も暑い暑いお祭りになりました。神事を行う順序や奉納演芸の会場は 毎年交互に変えているようで、今年は十二神社の方から神事を行い演芸の会場には手作りの装飾がされて御輿を担ぎに子どもたちが大勢境内に集まって賑やかなお祭りが行われていました。
その後赤城神社へ。鬱蒼とした森は静かですが、蝉の声だけが響き渡ります。氏子の人たちが境内に参列をし静寂に神事が始まります。
そして神事が終わり、参列者にお神酒授与 。
このように対照的な神社の様子ですが、どちらも魅力的な神社の一面だと思いませんか。静と動、ハレとケ、賑やかさと静寂。境内の空間の雰囲気の違いに面白さを感じます。
祭典後は直会。たっぷりと酒を戴いてきました汗
長岡市発展祈願祭
2010年8月12日蔵王堂城史跡の工事風景
2010年7月25日ただいま蔵王堂城史跡である御濠の改修工事を行っています
この様に御濠にあった水は全て汲み上げ、御濠の中は泥だけになってしまいました。
この泥、凄く肌にいいらしいです、泥パックとでも言いましょうか、御濠の中に入って作業をしていた、この工事を実現させた『蔵王堂城史跡をまもる会』の方によると、肌がしっとりとするらしいです
具体的な(と言うか私が知っている範囲ですが・・・)工事の内容は、御濠の中の清掃と傍らに井戸を掘る事です。
現在この良く分からない機械で井戸を掘っています。平日に丹波街道を通る方は、見た事があるかもしれません。
水を抜いてしまって、中に生活していた生物はどうなったの、と心配している方もいるかも知れませんがご安心ください。
有志が集まり、生き物を救出いたしました!
水が減り水面の温度が上がるなどで犠牲になってしまった魚等は、責任をもって埋葬し、お祓いをさせて戴きました。
現在、金峯神社境内の授与所の近くに生簀の様な物を作って生活させています。
梅雨が明け暑い日が続いております。みなさまどうぞ体調には十分お気を付け下さい(大)